音楽と年の功

音楽と年の功
 時に、年長者が多く集る音楽団体というものがあります。
 しかし、私は音楽と年齢とはあまり関係ないと思っている者です。
 若者の音楽は若々しく、年輩者の音楽はどこか爺むさい----- こんな例えは全く意味がありません。若者にも覇気にない「爺むさい」音楽しか出来ない人は珍しくないし、年輩者でも技巧、音楽性に優れた人は多くいます。
 

 見るところ、年齢に拘る人には一つの面白い癖があるようで、それは音楽を語る以前に、人の経歴や楽歴だけに興味を示すことのようです。
 コンサートのプログラム(紙)を見ると、出演者の立派な音楽歴が羅列されていることが常のようですが、私は過去の輝かし実績よりも、いまからステージで披露される音楽に、出演者がどう向き合おうとしているのか----- そのあたりの抱負や練習実況を述べた文章にお目にかかりたい、と思っているのですが、ついぞその願いが叶えられたことはありません。


  コンサートの司会者が話題に乏しいか、あるいは「年齢」好きだとすると、オーケストラ紹介の際に、わざわざ最年長者や最小年者を名指ししたり、カルテットの場合などに「四人の年齢を合わせると、驚くなかれ、なんと400歳です!!」なんて言い方が好まれるようです。が、音楽とどういう関係があるのでしょうか。 もし、年寄りの冷水、といった感覚があるのならば失礼な話ではありませんか。
 まだ演奏者が子供である場合には、将来への期待を込めて語られることには多少の意味は認められるかもしれませんが。


 もし音楽に「年の功」が認められるものがあるとしたら、それは、例えば「過ぎし春」(グリーグ)、「愛の挨拶」(エルガー)、「雨」(合唱曲、多田武彦)等を、どれくらいの感情移入を持って鑑賞できるか、といったところにあるのかもしれません。
  こうした音楽の鑑賞こそは、人生のほろ苦さや別離を経験した者にだけ許された特権と言えるものでしょう。
  また、「年の功」には様々な味わいがあるようです。指揮者のタクトや演奏に独自の味を加え、一層の滋味を与えられるのは「年の功」以外にはありえません。


 音楽と年齢とは関係がない、と言いながら、やはり「年の功」には年長者のみが感じ得る功徳があるのは有難いと思うべきでしょう。
 また、功徳というのは、少し人から煙たがられるくらいの強面(こわもて)が発揮されるところにも現れるようです。それは頑固さというよりも、精神の強靭さ、若さ、身体の免疫力を現すものではないでしょうか。


  ある研究によると、80歳の人は20歳と比べ 、筋肉量の減少は30%、肺活量は17%、脳重量は7%で、これらの数値は、年功者に若い人のような激しい運動を控える分別が備わっていることを考慮すると、弦楽器/管楽器双方の演奏能力において、殆ど遜色がないものとされます。
  それにしても、仮に演奏における筋肉量、肺活量の減少を重く見るとすると、これらのマイナス面をむしろ「ピアニッシモ」の演奏に活かせるプラスの面が注目に値します。
 「ピアニッシモ」こそは、音楽の神髄を活かせる唯一のもの----- と私は考えているからです。
 以前、私が居たオーケストラの指揮者の口癖は、


 フォルテの音楽は、馬鹿でも子供でも出来る。 「ピアニッシモ」がこなせるのは大人だけだ。


  これこそは、年功者のみがなし得る得意技の極みで、若者には容易に追従し得ないレベルのものではないでしょうか。
 ただ「ピアニッシモ」の演奏は精神的/肉体的な疲労を伴いますが、これは年齢とは関係はありません。
 疲労を伴わないような「ピアニッシモ」は偽物なのです。一方、「フォルテ」では一向に疲れないように思われるのは不思議なくらいですね。


愛の挨拶?イギリスの優しき調べ/デイヴィス

愛の挨拶?イギリスの優しき調べ/デイヴィス

寸感など/楽譜、ほか

寸感など/楽譜、ほか
◇ 楽譜のこと
 音楽の楽しみ/真骨頂の一つは合奏にあるのだが、楽譜は弾く人によって様々なことを伝えてくれる。
 ある時、合奏場面で何となく「 rit 」(ゆっくりする)したら「そんなものは楽譜に書いてないじゃないか」と叱られたことがある。
 よく合奏は楽譜に忠実に、と教えられることがあるが、これはどういう意味なのだろうか。本当の意味で楽譜に忠実に演奏したら、花も実もない詰らない演奏になってしまい、とても「音」を「楽」しむどころではない。「忠実に」ということなら電子楽器に演奏させればよいだけのことだ。オーケストラ演奏でも指揮者は不要となる。


 思うに、楽譜はパソコンと同じく人類の偉大な発明品の一つではあるが万能ではなく当然に限界がある。パソコンも楽譜も活かすのは人次第である。
 楽譜を見て、そこに書いてない「 rit 」をするか、しないか、を選べるのが人間というものではないか。そこから自然に感想なり意見なりの交換が行われてこその合奏だ、というのが私の実感である。 
 演奏中、万感胸に迫って何も言えない----- ほどの羨ましい境地もありえよう、とも思えるのだが。
 特にオペラ系やシャンソンのように歌の多い曲の場合、楽譜は溢れるような楽想を限界のある音符に盛り込むのが精一杯、であるから、あまり楽譜に捉われた演奏をしては却って作曲家の意図に添えないことにもなりかねないのではあるまいか。


◇ 音楽観
 楽譜による演奏は、奏者の音楽観によることとなるのが当然。しかも、これが千差万別、となるのが面白い。普通「rit」「歌え」とあると、テンポが遅めになると思われるのだが、ここが不思議なところ----- 人によっては違ったテンポが「歌」になることがある。従って、同じ内容のCDが売れることになるのだ。
 「ポルタメント」を入れて歌わせようとするのは、タンゴの達人が一人でやるならともかく、言うは易く行うは難し。「ポルタメント」をどう扱うかは奏者によって違うからだ。事前の研究が必要。
 音楽観の違う人が合奏したらどうなるのか。実は、その壮大な実験場が人間の合奏場面なのである。


 プロのオケでは、違った音楽観の人は排除されることがある。天才クライスラーは、ウイーンフイル/セカンドの採用試験に落ちた(セカンドは難しい)。
 が、そのお陰で世界はクライスラーという天才を失わずにすんだのである


◇ 弦楽器の音程
 ヴァイオリンという楽器はもともと平均的な人間の体格を考え併せて設計/制作されてある筈だが、楽器の指板の上で音程を作る人の「指の太さ」までは計算出来ていない。
 名匠たちの演奏を見て(聞いて)いて、いつも不思議でならないのは、彼らの太い指から正確極まりない音程が生まれてくることだ。何でも出来るから名匠なのだ、と言われればそれまでだが、特にヴァイオリンの高音部で単純に(太い)指を指板に置いただけでは正確な音程は取れない筈なのに----- 何か特別な仕掛けがあるに違いない、と、思わせられるのが素人の悲しさである。
 チェロは指板が大きいので、運指にはあまり問題がないように思われるが、しかし、高音部になると魔法のような指使いが要求されているようで、やはり、ここも素人立ち入るべからずの領域なのだろう。


フラジオレット(指を軽く弦上に置いて笛のような透明な音を出す)。
 この奏法の難点は、一度出した音には修正がきかないという点である。
 演奏中に環境が変化し、しかも楽器への配慮を怠ったりしていると、思いがけない仕返しを受けることがある。部屋の室温が上がったり、管/弦の楽器が熱演で暖まったりすると、とかく管は音程が上がり、弦は下がったりする。ここでうっかりフラジオを出すと、覿面に(相対的に)「低い音」が出て、出たら最後、修正がきかないまま思わぬ恥を晒すこととなる。
 フラジオが複数人の場合も調整が効かないから要注意。清澄、純粋であるべきフラジオが不純、不快なものになる。
 音を出す部屋の構造も問題で、特に残響を案配するような手当てがしてあるような部屋だと、自分の意図に反した音が出てくることがある。しかも「自分の意図」が人によって異なるから厄介なことになる。
 人の聴覚も様々で、特に高音の聞こえようが異なるから、場合によっては思いがけない不評を蒙ることがあるのだ。(アマチュアはこれしきのことには驚かないが)。
 名人のCDを聴いていて、最も感動的な演奏の締めくくりの音(フラジオ)が低いと一瞬にして興醒め----- 終り悪ければすべて悪し。 
 これは演奏側とともにCD制作側の責任ということにもなるのだろうか。


◇「l検索ソフト」
 パソコンの「検索ソフト」は便利なものだが、無くても何とか過せるものだ。
 私の実感では、あれば助けになり、いろいろな参考資料を取り込むことが出来る。
 しかし、自分がそれだけ「賢く」なれわけでもない、ということがよく分かる。
 学校の(特に文系の)宿題等は「引用」(いわゆるコピペ)だらけで、「引用」が多いほど勉強熱心に見えるが、それはあくまで手段であって「成果」「新しいものの発見」そのものではない。
 小保方さん(万能細胞)の実験ノートが杜撰だと非難されているが、ノートが貧弱でも、天才でありうることは出来るわけだろう。克明に綴られた実験ノートで「几帳面」ということが分かるだけで、才能を証明してくれるわけではあるまい。
 数学や物理の天才でも、学生時代は平凡な存在だった、という話はよく聞くことだ。

ストラデイヴァリウスの周辺

 

ヴァイオリンの名器

ヴァイオリンの名器

20年来の友人Y氏がいます。定年後、関西で合唱を趣味とするY氏は、市民オペラ「カルメン」に出演し、私もその頃、市民オペラ/オケで「カルメン」に参加していたということから週1回程度のメール交換が始まって、もう20年になるのです。Y氏は声楽、私は弦楽ということで、互いに異なる意見の往来があり、氏からは舞台演出、合唱練習、声の出し方のことなどを教わり、またオペラ、器楽演奏のビデオなどの寄贈を受けることとなりました。例えば「松田理奈」(Vn)、「堤剛」(Vc)、氏が出演したオペレッタ「メリーウイドウ」と「こうもり」、「タイスの瞑想曲」(NHK「うららクラシック」加藤知子/Vn)など。


「タイス」の加藤知子の演奏からは、勿論「運指」「ボーイング」「美音の出し方」「表情の付け方」など、多くのことを教わり、素人には容易に真似すら出来ないことを悟らされましだ。

 先日 贈られたのが心躍るNHK番組「ストラデイヴァリウスの謎」です。これはカレンという凄腕の女性ヴァイオリニストが、クレモナはじめ、ヴァイオリン製作にゆかりのある土地、製作家たちを探訪するという企画。
 画面に出て来たメニューインオイストラフがストラド(ストラデイヴァリウスの別称)を弾く姿が懐かしく、とりわけ、オイストラフの人馬一体のような柔軟な演奏姿が印象的でした。


 私も下手な弦楽器(VcとVc)をいじるので演奏や音には興味があります。昔のLPレコード時代、ストラド、ガルネリ、アマテイ、ガダニーニ等の名器の音を集めたレコードが出ましたが、しかし、針で盤面が摩耗するので、滅多に音を出さず、そのままにしてあります。録音というのはブルッフのVn協の冒頭だけを集めたものですが、聞いていてその差はまず分かりません。どれもが素晴しいと言うしかないのです。
 ガダニーニでの名演はミンツの演奏(クライスラー特集)で聞けますし、松田理奈は最近までそれを用いいて名盤「カルメン幻想曲」を世に問い、一躍有名になりました。私はファンです。


 NHKの探訪記にもストラドと現代楽器との弾き比べがありました。的中率は20〜50%とのこと。弾く本人にはストラドの凄みが分かる、とか、ホールでの音響特性だとかの説明がありましたが、我々素人にはまず縁のない話でしょう。


 ハイフェッツの話では、彼はトノーニという殆ど無名の楽器を用いて演奏し「やはりストラドの美音は凄い」と褒めそやす評論家たちを陰で笑っていた、ということです。全くお人が悪い。名人が弾けば楽器は鳴ってくれるというのは分かりますが、素人はストラドを弾いても、下手は下手である、という事実に変わりはありません。


 一つ朗報? があります。今はどうか知りませんが、東京文化会館に録音専門の無響の部屋があり、ここで響きが悪いのを我慢して演奏すると、それを放送局用の幅広高速テープで録音して貰えます。再生するとこれが驚き!----- 素人演奏がまるで市販CDのような美音に変身しているのです。しかし、音程や音質の悪さまでバッチリ録音されているので、儚い夢はここで消えます。


 探訪記ではクレモナの製作工房を訪ね、製作がストラド当時の素朴な図面や道具によっていることが分かり、名器製作の謎は明かされないまま。ニスも決め手ではなさそうです。(ニスは楽器の響きを止める、という説があります)。
 カレンは楽器の原材料を産出するイタリア北部の原木林を訪ねます。そこは夏でも寒い地域で、ここで育つ松は年輪が細かく、それが音に貢献するのだといいます。
 更に分かったことは、ストラデイヴァリウスは、遥か昔の寒冷時代の原木を使ったらしいということ。(私は、いま、ストラド級の名器が再現出来ない最大の理由はこれではないか、と思っているのですが)。


 用いる木材は楽器の美観にも関係します。表板は目の細かい木目の積んだ松材。木目は縦に通っている(ニス塗りは極めて困難)。
 美観は裏板(楓)に極まります。一目見てその美しさに惚れ込まずにはいられないでしょう。裏板は(表板も)左右2枚の板を継ぎ合わせてありますが、これは響きの均一性を求めてのことです。しかし、接合面は4ミリ程度の厚みしかなく、いつ破壊されるか、慣れるまでは腫れ物に触るような気持です。裏板には破損防止用の小木片を幾つか貼ってありますが「気休めだ」という人もいます。表板は全くの無防備で魂柱が僅かな支えになっている感じですね。
 そうした不安を抱えながら、特に裏板の木目の美しさにはいつも心を奪われます。ヴァイオリンの裏側をすぐに見る人は、よほどの楽器好きと思って間違いなさそうですね。
 近い将来、3Dプリンターが発達し、松や楓の削り屑をプリンターに放り込んでおけば、ストラドと同一の表板、裏板が出来るかもしれませんが、この木目の美しさを再現するのは不可能でしょう。
 表/裏板にはニスを塗るのですが、塗った後から磨きをかけます。すると暫くしてニスの輝きとともに(特に裏板の)木目の美しさが浮かび出てくるのです。


 楽器は演奏の道具ですから、やたらにストラドを神格化するのはどうか、という考えもあるのかもしれませんが、3Dプリンター製のストラドだけは願い下げにして貰いたいものです。


 楽器に用いる弦には関わりはないのでしょうか。いまの主力のスチール弦ではなく昔はガット弦で、しかもストラドは昔から最優秀楽器だとされてきたのは事実でしょう。
 弦につていては、アマチュアの石川フイル/コンサートマスターの優れたコメントがあリます。弦の断面は丸い------ その丸い断面の上部を弓毛で擦ることになるのですが、演奏は弓で弦を上か圧迫するのではなく、横に上手に滑らせて音を出すように案配せよ----- 確かそのような趣旨のコメントだったように思われます。
 弦は製作技術が進んで、次第に丈夫で細く弾き易い傾向に進むと思われるので、細い弦から美音を如何に導き出すか、が今後の課題ではないか、と思われる次第。


 探訪は次第に進んで、昔は個人プレーで秘密とされた製作技法が、いまや名工たちが連携して研究する試みにまで及んでいることを明らかにされます。
 その一つは、ヴァイオリン好きの医師がCTスキャンを用いて楽器を精査し、楽器の内部構造までを、縦横左右上下から自在に観察出来るようにした試み。
 そのデータを使って名工が完璧なコピーと誇る製品を仕上げ、それをカレンが演奏するシーンが紹介されました。
 曲はチャイコフスー/協奏曲の冒頭。名演に聞き入る名工たちの表情は何とも言えず美しいものでした。そして、くだんの医師の目には涙が。この涙は彼の努力に与えられた金メダルでしょう。

 
 番組最後の場面は、ストラドと共に名工の作品をも展示したアメリカ議会図書館メトロポリタン美術館にもストラドが収蔵されてあり、他の美術館には手動タイプライター(オリベッテイ)、車のフォルクスワーゲン(カブト虫)、まであります。
 が、何故ヴァイオリンが図書館に?
 これは国の文化の違いというのか、ヴァイオリンを図書と同様に人間の知恵と創造の賜物と考え、図書館はその一大集積地とでも思えば納得がいくことではないでしょうか。


 カレンはそこの広いホールで、ストラドと名工作品の演奏を試みました。
 曲はマスネーの「タイスの瞑想曲」。一音一音を確かめるようなカレンの演奏は加藤知子とは一味違った趣きがあります。揺れ動くタイスの心情が心憎く表現されています。

 
 実に味わい深い番組でした。

 

 

 

「佐村騒動」余聞、クレモナ 

3/10、作村河内の記者会見は「謝罪会見」のように見えながら、実は小さい私怨を吐露するだけの締まりのないものに終始したような感があります。


◇ 佐村河内は、作曲については「指示書」を示して作曲を依頼したので、恰も作品が「協同制作」のような印象付けをしようと強弁していたようでしたが、あの抽象絵画のような「指示」で果たして(現代音楽ならともかく?)人を感動させるような調性音楽が作曲出来るものかどうか、私のような素人でも甚だ疑問に思えます。
 「指示」をするとすれば、せめて「旋律」の一部を示し、これの続きを書け、あるいは、変奏曲を作れ、と言うのなら理解出来ますが。


 ベートーヴェン「運命」交響曲第1楽章は極めて単純なモチーフを基に作り上げられた傑作ですが、あの簡単なモチーフをこなせるのは一人ベートーヴェンの才能があればこその話で、佐村河内はその真似すら出来ない程度のレベルであったことは明らかです。
 モーツアルトは「レクイエムを」という依頼人の一言だけで、なんら指示書を必要とせずに大傑作(未完のまま死去)を作曲しましたが。


◇ 佐村河内の算段は、専ら「事実でない話がある」として新垣氏を名誉毀損で訴えることに集中している点が、我々素人にも納得しがたいところです。
 あれだけ世間を騒がせ、他人の作品にオンブして虚名と印税を手に入れ、広島市民、東北被災地の人々、レコード会社、報道機関、CD購入者、自分をパパと呼ばせた少女、高橋選手、多くの一般大衆等を欺いた彼に「守るべき名誉」が一体どこにあるのか----- 潔くない、男らしくない、というのが私の印象です。


◇ 今度の事件が厄介なのは、相手が掴まえどころのない、所謂「高尚な」クラシック音楽である点です。今になって「俺もオカシイと思っていた」とか「ペテン師だ」とか、いろいろな声が喧しいですが「美談」に弱い我々の体質は(私も)そう変わるものではなく、今後とも続くと考えておいたほうがよさそうです。
 真偽を見抜く目を持て、と言われたところで、どうすればよいのでしょうか。


◇ 新垣氏の今後
 彼は「共犯」とまでは言えないと思いますが、相当の返り血を浴びてしまい、これでは学生たちの慰留運動があっても、桐朋大学には居辛くなってしまうのではないか、と思います。
 好奇の目に晒され、再び実力が評価されて世に出るまでに、辛い日々が続きそうです。
 しかし、クラシックは、俗に言うような「高尚」そのものの世界ではなさそうだ、そこに居るのは我々と同じ煩悩に満ちた一般人だ、という事実を世に啓蒙してくれた点は買っていいのではないかと思いますね。


 曾野綾子氏は新垣氏(佐村河内)の交響曲第1番を聞き、佳曲だと評していました。その背景として、昨今の作曲界の弊を指摘されているようでした。つまり、現代音楽のみを良しとして、シーベルトドヴォルザーク風の素晴しい調性音楽を蔑ろにする傾向です。
 何故、大衆が喜んで迎えようとする音楽が軽視されなければならないのでしょうか。この点にもっと大きな関心が払われて然るべきではないでしょうか。
 新垣氏に期待したいと思います。


◇「美談に弱い体質はそう変わるものでは」と、さきほど申しました。
 佐村事件を取り上げた週刊文春に、早速、面白い記事が出ています(2014.3.13)。
東北の大震災での倒壊家屋の木材と「奇跡の一本松」を材料としたヴァイオリンが、復興のシンボルとして有名になり、皇太子殿下が演奏(ヴィオラ)され、天皇陛下も用いられる御予定(チェロ)だとあります。
 一方で、これを着想し、楽器を制作した人の経歴がどうだとかが報じられているのですが、復興のシンボルとして、その音楽が東北の人びとの慰安とも心の支えともなるのなら「美談」とされるのも良いと思います。


 問題は楽器の制作者を「美談」に寄りかかったもの、として報じようとしている次元の異なる記事内容です。
 言うまでもなく、ヴァイオリンに、聞く人の心を癒す効果があるのは勿論ですが、その価値は「美談」とは別次元で語らなければならないものです。
 ここで使われる楽器は、津波(塩水)に侵されていますから、ヴァイオリン本来の音色を発揮できえないものと思われます。


 イタリアに名器が生まれたは、イタリア特有の地勢のみが生み出せた良材によるものです。私はストラデイヴァリのような傑作が再現出来ない理由はここにあるのではないか、と思っているくらいです。少なくとも日本産の材木は名器作りには向いていません。


 塩水に漬かった弦楽器を再生させたという実話があります。その昔、タイタニックが沈没する寸前まで、乗客を元気付けようと、甲板で弦楽合奏を続け、船と楽器と運命をともにした演奏者たちがいました。
 後日、楽器が引き上げられ、バラバラになっていたものが修復されて演奏されたわけですが、これは楽器の質にかかわりなく「美談」として通用します。


 東北でも津波に漬かったピアノが再生され演奏されたという話があり、ピアノは交換可能な部品が多いために、再生は可能だと思われます。しかし、木材が中心となるヴァイオリンの完全修復は、まず難しいと見なくてはなりますまい。


 いくら「真偽を見抜く目を持て」と言われても難しいことですね。


<余談>
 最近のクレモナ(ストラデイヴァリを生んだヴァイオリン製作のメッカ)の現状と問題点を調査研究した研究レポートがインターネット上で発表されました。
「クレモナにおけるヴァイオリン製作の現状と課題」大木裕子、古賀広志(京都産業大学)。
 これは公的資金日本学術振興会/科学研究費補助金)による依託研究のようですが、こうした面にもサポートが及ぶことは歓迎すべきことと思われます。
 レポートの結論として、この件については、更なる研究を進めることが課題、とされていましたが、楽器は工業製品ではないので、こうした結論に導かれるのは自然なことかもしれません。美術工芸品としてのヴァイオリンの評価あh可能かもしれませんが「美音」の鑑定は極めて難しいものでしょう。
 世界のヴァイオリン製作専門学校についても触れられていますが、日本での扱いは「各種学校」に準じたものとしかならないのでしょうか。それに日本では優れたヴァイオリンを制作出来るだけの良材が得られ難いという問題があります。
 最近は日本の職人さんも(お菓子作りも含む)世界の檜舞台で活躍するようになりましたから、もっと光が当てられていい分野かと思われます。


 私の存じ寄りのヴァイオリン制作者(故人)は、クレモナのヴァイオリン制作コンクール「音色」部門金賞を獲得された方です。その工房を訪ね、制作過程の一部を拝見したのですが、例えば、板を切り出すのに、日本のノコギリを用いるなど、伝統的な手法を遵守されておられました。工作機械を用いるなどは、この世界ではタブーとされているようです。
 そして一つの工程が終わるごとに、部屋の切り屑などを丁寧に掃除されていた姿が印象的でした。

ヴァイオリン (1975年) (岩波新書)

ヴァイオリン (1975年) (岩波新書)

今後は如何に? 新垣さん

 

交響曲第一番

交響曲第一番

クラシック界での代作(ゴーストライター)問題といえば、これまで殆どは名器ストラデイヴァヴァリウスの偽物発覚! といった類のものだったが、今回報じられている偽ベートーヴェンこと佐村河内事件は、音楽界のみならず社会全般に与えた衝撃からみても類のないもののようです。
 以前、芸大の先生の破廉恥事件----- 楽器斡旋売買での収賄事件のようなものがありましたが、これは官公立学校教員だからこそ起った問題で、私(学)の教師らにまでは及ばず尻抜けの感があった、という事情はあるにせよ、波紋は局地的という範囲に留まりました。


 今回は代作事件に留まらず、身体障害者の心情を傷つけ、被爆ヒロシマの名に便乗して私利を謀った後味の悪さが問われます。
 佐村河内作品を大々的に持ち上げたNHK は謝罪、広島市広島市民賞を取り消し、CD店等では、偽装食品なみに彼の作品回収を始めた(却ってこの話題の作品を欲しがる客が増えた)とか。


 そもそも「現代のベートーヴェン」というのがおかしいですね。全聾の作曲家という点が似ているだけで作品内容は「不問」に近い。クラシックというのは、やはり庶民には分かり難いもののようです。
 では専門家はどう見ているのか。
 実はこれが曖昧なのです。(週刊誌情報ですが)音楽家N氏によれば「時にはバッハ風、時にはマーラー風に美しい響きの瞬間は随所にあるが、それらが刹那的な感動の域を超えることがない」。
 ------ これは一体何を言っているのでしょうか。褒めているのかクサしているのか。こうした斑ら評価では何も分かったことにはなりません。
 しかし、佐村作品が評判になったことについては「絶賛」に近い評論家の後押しがありました。その例は、
◇ I 氏/ 佐村の交響曲第一番《HIROSHIMA》は、戦後の最高の鎮魂曲であり、未来への予感をはらんだ交響曲である 。これは日本の音楽界が世界に発信する魂の交響曲なのだ。
◇ N氏/これは相当に命を削って生み出された音楽。 初めてこの曲を聴いたときに私は素直に感動した。 1000年ぐらい前の音楽から現代に至るまでの音楽史上の様々な作品を知り尽くしていないと書けない作品。 本当に苦悩を極めた人からしか生まれてこない音楽。
◇ K氏/もっとも悲劇的な、苦渋に満ちた交響曲を書いた人は誰か? 私の答は決まっている。 佐村河内の交響曲第1番である 。
◇ S氏/予備知識なしにこの作品を聴いたのだが、大きな衝撃を受けた 。まずは曲の素晴らしさに驚き、


 こうしたことからNHKが特番を組み、作品が格別に売り上げを伸ばすことになったのは自然な成り行きだったのでしょう。
 しかし評判作「HIROSIMA」は当初からその題名でなく、最初は「別名」だったとか。風を読んで乗り換えたのでしょうか。
 当の佐村は楽譜は書けず、ピアノも満足に弾けなかったそうです。あの作曲「指示書」は彼の妻のもの。全聾を装ったのは良くないですが、悪いことは出来ないもので、彼が手話を介さずに会話が出来たことは、あるいは読唇術で補うことは出来ても、扉チャイムが鳴ったのに、来客を前にしながらウッカリ応答してしまったのはまずかったですね。


 ところで幾多の評判作を作曲(代作)した桐朋大学の新垣隆氏の今後はどうなるのでしょうか。
 いま佐村名義の全国コンサート企画が次々とキャンセルされているそうですが、これを仮に「新垣隆作品特集コンサート」とでも衣替えして興行は可能なのでしょうか。
 一つには著作権問題があります。新垣氏は佐村から単に作品制作の依頼を受け、引き渡しとともに報酬を受け取ってしまっているので、作品の所有権等はその時点で消滅しているのではないでしょうか。
 あとは佐村がどう使用しようが勝手、ということになりますが、しかし、佐村作品があまりに有名になり過ぎたため、自責の念にかられた新垣氏が世間への公表を、と考えたのがこの事件の全容だと思われます。


 佐村(新垣)作品をフイギュア演技での使用を考えた高橋選手は「作品が気に入っている」からと、継続して使用するとしていますが、コンサート中止、作品CDや楽譜の販売/レンタル中止等から波及して、いまや数億円規模の賠償問題や当局(厚労省?)の調査等の動きが伝えられるまでになりました。
 世間では、代作問題は政治家のスピーチ執筆、芸能界での自伝、台本作り、ファンレターの返信代作等の各般で広く行なわれていることだ、とされていますが、新垣氏は諸作品を佐村との共作としておけば何ら問題はなかったと言われています。
 後になってからなら何とでも言えますが、物事の発端当時にはいろりろと事情があって、そこは曰く言い難い難しい世界なのでしょう。
 しかし、新垣氏に依頼をこなし世評を呼ぶだけの能力があったからこそ、の話です。それでお金が貰える(額の問題ではなく)というのは評価出来ることではないでしょうか。
 これで紆余曲折はあったものの、新垣氏の腕前は一定の評価を得たようなものですので、これからは一人の作曲家として発展してもらいたいものだ、と私は思います。
 しかし、「斑ら評価」では困ります。今度こそは専門家をも唸らせるものでなくては。
 実際に専門家が唸らされている例があります。
 作曲家/池辺晋一郎ドヴォルザークの音符たち」という本では、ドヴォルザークの音楽がその独創性において優れている点を、音符解析によって実証しようとしています。
 例とされた「新世界」交響曲では、第4楽章で「普通程度」の作品ではなく「これ以外の作例はありえない」「実にうまいものだ」という実感を込めて譜例を示しています。
 偉大なドヴォルザークなら褒められて当たり前かもしれませんが、新進作曲家たるもの、やはりこれくらいの評価をえられるくらいに頑張って貰いたいものですね。


 新垣氏は、職場の桐朋大に辞表を出したそうですが、学生たちの反対署名運動もあり、白紙に戻されたと報じられています。
 暫く時間をおいて、私も心を空しくして「HIROSIMA」を聞いてみたいものだと思っています。
 世間ではこの「HIROSIMA」をベートーヴェンの本場であるウイーンとかに持っていって、そこで本物に聞こえるかどうか査定して貰えば、などの声があるそうですが、まずは自分の耳で聞いて好き嫌いを判断すればよいのではないでしょうか。
 今度の事件は、そのことの大切さを教えてくれているようです。
 「好き」の反対語は「嫌い」ではなく「無関心」だと言われることがあります。「嫌い」ならその原因を明らかにするとかの対応がありえますが「無関心」ではどうにもなりません。
 こんどのことがクラシックに対する世間の関心を呼び、その発展に貢献してくれれば禍い転じて幸いなことになるではありませんか。

寸感/「人となり」とは

「人となり」つまり、ある人の人物像をはっきりさせるものは何か、ということですが、普通はその人の世における貢献度/業績を挙げるのが通例でしょう。
 しかし、見方によれは業績とは既に過去のもので、現在目の前に居る人物の実像を必ずしも反映していな場合があります。
 音楽の例で申すと、プログラムでは必ずといっていいくらい、コンサート出演者の実績/経歴紹介がありますが、聴衆が一番聞きたいのは、これから始まる演奏の是非であり、また、出演者の演奏に懸ける思い入れ、練習の有様、演奏表現に託すべき抱負、などです。(残念ながら、こうしたプログラムにお目にかかったことはありません。幸い、期待を裏切られれたこともありませが。もっとも、私が拝聴するのはアマチュアが多く、プロの演奏会には、長年、滅多に行く機会を得ません)。


 何を持ってくれば、百万言を費やす前に、簡潔/端的にその人となり を現すことが出来るのか。
 私がいま思い付けるのは次ぎのようなことです。(これ以上の的確なリトマス試験紙があれが御教示頂きたいものですが。失礼なことを申しました)。


● 人に「好き 嫌い」があるとすれば、何が嫌いかを教えて貰う。(人は嫌いなものによってのみその人の美的感覚を示す、と言われています)。
 例えば、黄色、にんじん、飛行機(高いところ)、昆虫、犬あるいは猫、活劇、噂話、クラシックあるいはロック音楽、前衛絵画、お涙映画、長距離旅行、等々。


 私が勘弁して欲しいのは要領を得ない長話(私自身の反省点)。テレビでは、意味の分らない跳ねたり飛んだりだけの番組。


● 暇な時間の過ごし方(退屈さを我慢出来るか)。


 私は、何らかの方法で、あるいは、何をしなくても、我慢出来なくてはいけないのだろう、と思っています。


● 日常的に習慣としている行為。そして、それが沢山あるほうがいいのか、平凡な生活に弾みを与える程度でよいのか。


 私は永井荷風の「断腸亭日乗」を参考にすることがあります。何はなくとも、あついは、ある目的を持って街に出る、とか。
 本はよく買うますが、細かい活字が読めないため積んどく本が増え、それがストレスになるので、なるべく買わないようにするのがストレスになります。流行のタブレット電子書籍を拡大画面で読みたいのですが、メカ弱いし。
 紙の本には愛着があります。しかし、電子書籍で、全ページ検索など、新しい読み方に期待したい気持も。


 朝起きて顔を洗う、程度のことは省略。喫茶店にはほぼ毎日行きます。図書館へ行っても、借りた本を運搬するだけに終わることが多いです。
 週単位のことで申せば、金曜日には読売新聞夕刊を買いに出て、連載の有名人と犬/猫との交友記を喫茶店で読むのが楽しみ。
 月単位では、何度かアマチュア仲間と合奏して恥をかき適度のストレスを享受?。平素は練習が必要だがストレス過剰気味。
 年単位では、お正月にある程度の計画を立て、それを毎年繰り返しているだけなのが実情。
 総じてあまりパッとしない(人となり)生活の毎日です。

私の暮らしかた

私の暮らしかた

「ゼロ」と「クラシック」(その1)

● 共にベストセラー作家/百田尚樹に関係がある。
 「ゼロ」とは数百万部という発行部数を持つ「永遠のゼロ」のことで、百田尚樹出世作。この本は先の大戦中の日本海軍の名戦闘機/「ゼロ戦」とそのパイロットの人と運命を描いたものだが、この戦争ものとは全く畑違いのクラシック音楽解説書を百田尚樹は書いているのである。二つの分野での才覚を持つというよりは「永遠のゼロ」を世に問うまでの雌伏の期間、氏が本格的に嗜んできたクラシック音楽面のエッセイが、ベストセラーとともに世に出たということであろう。ついでに出たという感じではなく、音楽評論家としても一家をなすだけの立派な内容を備えている。


 それにしても、いま何故「ゼロ戦」ブームなのか。特に終戦後◯◯年の機会に先の大戦を振り返るという節目や風潮がある様子もなく、ブームは突然やってきた。保守系内閣の誕生が誘引したものでもなさそうだし、周辺諸国との関係はいまに始まったことではない。
 ゼロ戦パイロットの勇者坂井三郎の「大空のサムライ」をはじめとする「ゼロ戦」ものの本はいままでに多く出ているし、神風特攻隊のことはいまも我々の胸に痛いが、それが特にゼロ式戦闘機を絡めて語られるような空気もなかったように思う。
 この現象は、いずれ戦後史研究の一環として、その背景や影響等が明らかにされることだろう。


 ブームの先駆けとなったもの、あるいは、その余波が見られる。宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」。私は見ていないので詳細を語ることは出来ないが、ゼロ戦の生みの親の設計者/堀越技師が描かれているという。これを日本の軍国主義の再来だと見る向きもあったようだが、日本の過去を現在、将来に活かそうという考えが特に間違っている、という声は聞こえてこない。


 特攻隊や戦没学生のあり様については、いろいろと紹介されている。映画化された「永遠のゼロ」の主役俳優もゼロ戦の資料館や元パイロットから役つくりを学んだらしいが、「永遠のゼロ」も、ゼロ戦パイロットであった祖父の動静を訊ね歩くところから物語が始まっている。
 当時のゼロ戦パイロットはいずれも二十歳代の若者であったが、その人物像や死生観等は、例えば「きけ わだつみの声」(戦没学籍の手記)に明らかである。
 「永遠のゼロ」の数百万人の読者のなかの現代の若者たちは「永遠のゼロ」を読んで、あるいは日本海軍の名機/ゼロ戦の活躍に胸を踊らせたのかもしれないが、二十歳代の青年たちが祖国や家族の運命を思い、避けられない死を前にして何を考えたのか、楽しかるべき青春がそのような無惨な運命を辿らざるをえない現実を一体どう受けとめたのか。
 私が折にふれて思い出す戦没学生の詩に次ぎのようなものがある。


 遠い残雪のような望みよ
 光ってあれ
 たとえ それが何の光であろうとも
 虚無の人を導く力とはなるであろう


(私が特に感銘を受けるのは)
 同じ地点に異なる星を仰ぐ者の
 寂寥と精神の自由のみが
 俺が人間であったことを
 思い出させてくれるのだ


 これがまだ二十歳代の若者が発する言葉なのであろうか。私には言葉もない。


 書店に行くと、多くの「永遠のゼロ」が書棚にある。ブームに乗ってか、ゼロ戦のプラモデル、写真集、雑誌特集号までもある。聞けば、実物のゼロ戦を展示している資料館なども俄に増えた見学者の対応に追われているという。


 私も一人の飛行機ファンとしてゼロ戦関連本は多く読んできた。本のなかには、ゼロ戦の技術が「YS11」(国産の双発旅客機)の開発や新幹線に活かされていることを追ったものがある。
 私は特に戦争用具に繋がるものに興味を持つわけではないが、優れたもの作りには付きものの、厳しい技術開発の諸相には惹かれるものを感じる。
 セロ戦の開発では相
矛盾する性能要因をどのようにバランスよく解決するか、堀越技師の苦心のほどを想像してみる。
 例えば、戦闘機に欠かせない運動性能。これを満足させるためには軽量であることが望ましいが、これでは敵弾の防御に不足が出る。ゼロ戦は大戦当初こそ、その優れた格闘性能によって相手を圧倒したが、やがては、ゼロ戦を上回る性能、防御、重火器を備え、常に2機編隊でゼロ戦に立ち向かうアメリカ機の戦術に破れることとなる。
 攻撃用火器はどうか。これを整備すれは重量が増え、運動性能や航続距離が犠牲となる。
 堀越技師のみならず、すべての設計技師たちは、こうした矛盾点の克服に血と汗を絞った筈である。そして大戦当初の要求項目を満足させ、効果を挙げた成功例がゼロ戦だったのである。後年、開発競争に遅れを取ったことは必ずしもゼロ戦にとっての不名誉なことではない。


堀越技師がゼロ戦開発に掛けた努力につては、多くの伝記が残されているが、私が気にいっている挿話は次のようなものである。
 ゼロ戦は他の飛行機と同様に、方向舵、水平舵を操る操縦桿によって上下左右の運動性を得る。操縦桿からは鋼索で舵が繋がっている。堀越技師はこの鋼索に
,少し伸び縮みする剛性を与えたというのである。すると舵はジワリと効くことになり、ゼロ戦は人馬一体の如き運動性能を発揮することとなった。この試みは如何にも日本人らしさを体現しているようで、しかも世界初であったらしい。
 ほか、機体重量を減らすために、あらゆる機体鋼板に可能な限り穴を開けたという話は有名だし、また打った鋲の頭を水平に打ちならして少しでも空気抵抗を減らそうとした(その為工期が遅れることも)。
 設計開発チームの在り方にも工夫があったらしい。例えば、胴体、翼、尾翼、車輪等の開発を、それぞれ小チームを組んで責任開発させるのか、または、それらすべてを一人のリーダーが統括するのかーーー論議があったのではなかろうか。
 また、小チームにしても、3人制なら、緻密で纏まりのよい仕事になるのか、それとも2人制のほうが新規発想に富む結果が得られるのか、これは現代の製造現場でも活かされうる知恵であろう。
 この3人制、2人制は飛行機の編隊飛行にも活かされ、3機編隊は守りに強く、2機編隊は機動性/攻撃に長じて、ゼロ戦はこれに悩まされることになった。


 「永遠のゼロ」の終章には、戦闘機の身でありながら爆弾を抱かされて特攻機をなって散っていった主人公の姿がある。
 愛する家族のために、臆病者と陰で言われることも辞さなかった天才パイロットが何故特攻を志願したのか----- が次第に明らかとなる。


 日本が漸く低迷期を脱し、オリンピックとともに明るい未来を迎えようとしているいま、俄に起ったかに見えるゼロ戦ブーム。これを機として、戦争の意味、そして戦後あるいは将来を見据えてみるのも故あることと考えられる次第である。


 長くなってしまったが、次回では、百田尚樹のもう一つの顔-----音楽評論家としてのそれを、著書「至高の音楽」(クラシック 永遠の名曲)を題材にして跋渉してみよう。
 百田は「永遠のゼロ」執筆中、常に「カバレリア ルステイカーナ 間奏曲」(マスカーニ)を聞いていたという。

永遠の0 (講談社文庫)

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