デジタル人間、男料理

● デジタル人間は小成に甘んじる? 
 週刊新潮(15.3.5)に日本の技術力(ノーベル賞授賞関連を含む)を高く評価する成毛眞氏(元 マイクロソフト社長)の寄稿があった。
 '' 日本の「技術の現場」は巨大で精密で夢がある'' ----- 内容はこの題名とおりのものだが、巨大土木工事をも「精密」と評価している点では私も勉強になった。


 面白いのは、いまのベンチャー企業を引き合いに出して、一体に覇気に乏しいのは、世の「デジタル化」で大きな発想が生まれにくくなっているからではないか、としている点である。
 では、アナログの世界と比べてみるとしよう。アナログ人間の例として、スマホを使わず(使えず)、電子楽器ではなく、捉えどころのないヴァイオリンとかの楽器を弾き、ワープロでなく萬年筆で手紙を書き、自転車を愛用する------ そんな人間の頭の中はどうなっているのだろう。
 萬年筆で文章を書いている場合、ワープロよりは遥かに筆の運びは遅いようだが、文章の仕上がりの良さという点では、速成のワープロ文が内容粗略で改稿を繰り返したり、ものの役に立たない恐れがあることから見て、萬年筆派に軍配が挙るのではないだろうか。私はスマホを使ったことがない時代遅れだが、あの小さいスマホの画面に文章を起草して、適切な推敲が施せるとは到底思えない人間である。


 電子楽器はモノトーンの音しか出せないような気がするが、あの扱いにくいヴァイオリンやチェロは、たとえ下手であっても滋味に富んだ演奏が出来るような気がするのだがどうであろうか。頭の中(右脳/左脳)も普通以上の緊張感で複雑な音出しに対応していることだろう。
 学校の宿題の論文を書く場合、パソコンがあればキー操作だけでいろいろな資料を取り出せて、それらを適当にコピペすれば、もっともらしい論文が出来上がる、と言われる世の中である。しかし、それを読まされる側も、ぬかりなく適切なソフトを使って、そのコピペの出所を突き止められるそうだから、そういう世相のなかに生きるデジタル人間の頭は、少々「出来」が違ってきていても不思議ではない気がする。


 更に、成毛氏はこう言っています。
 ------ 技術力の基盤は「年功序列、終身雇用」である。


 味のある言葉ではありませんか。


● 男料理

 私はカロリー制限を受けている身なので、塩分、砂糖、油もの等の取り過ぎには気を付けるようにしている。自分で料理を作ることはあまり無いが、それでも調味料等はなるべく控えるようにしている。従って、美味しい料理というものには既に縁がなく、レストラン、グルメ等の言葉も殆ど死語に等しい。


 先日、行きつけのクリニックに行ってコロンブスの卵! といった経験をさせられた。栄養士さんが栄養指導の実践篇として、低カロリーの模範食を作って食べさせてくれたのだが、調味料を控え目にしている筈なのに、これが私には一流レストランの食事のように美味しく思えた。
 そこでそのレシピを見てみると、調理にはちゃんと塩、砂糖を用い、しかる後にそれらを「洗い流す」と書いてある。
 これはショックだった。私のような素人は、最初から塩、砂糖は使ってはいけないものだ、という頭しかなく、そこからは「洗い流す」という発想が導き出される筈がない。
 コロンブスの卵!
 言われてみれば当り前のことなのだが、自分からは決して思いつけないことであるのが残念。
 やはりプロを立てて、一から教えて貰う必要がある。それらの蓄積がなければ、出るものも出てこないだろうから。


 昔、一度だけ行って止めてしまった男の料理教室がある。
 指示されたエプロン持参で行ってみると、既に調理予定の食材が料理卓に並べられてあり、鍋、包丁、コンロ、調味料、食器類もぬかりなく用意されてある。更に念の入ったことに、ボランテイアの主婦さんたちが大勢いて、料理素人の男性たち十数人をサポートすべく待ち構えている。男たちのなかには、初めて包丁を持つという猛者?もいたが、料理教室の常連もかなり居て、そうした人たちは手慣れた様子でレシピに従って作業を進め、料理クズを処理し、使用済みの食器等を手早く洗って片付けてしまう。せっかく包丁捌きの初歩から習いに来た人も、あれよ あれよ と眺めているだけの場面も少なくなかった。しかし、御陰で予定調理コース は順調に終了し、我々は出来上がった料理を目出度く賞味させて頂くことが出来た。


 私には一つの疑問があった。
 用意された食材を巧みに調理し、美味しく頂く方法は会得出来ても、例えば、冷蔵庫を開けた時、そこにあった食材だけを使って調理する方法まで会得しなければ、料理教室の意義は半減してしまうのではないか。
 現実問題として、一番必要に迫られそうなのは、いま目の前にあるだけの(それしかない)食材から美味しくて満腹出来る食事を作り出す(創造する)技術である。それは無人島に漂着した場合には直ちに役に立つだろう。


 一冊の本がある。「男子厨房学入門」玉村豊男、文春文庫。
 これは、上記の私の疑念に応えてくれる(恐らくは唯一の)貴重な本である。(了)。