道遥か----男料理

 思い立って、一日だけ男性料理教室に参加したことがある。理由は、直接的には将来の「自立」のためだが、ほかに稽古事特有の前頭葉育成のための刺激/啓発が欲しかったからでもある-----と、一応大きく構えておこう。
 料理というものは、食材、調味料、料理方法、用具、厨房設備、カロリー計算、栄養知識、食器類、盛りつけ/演出、生き甲斐作り/生涯学習---- 等の面で、趣味と実益(含・頭のた体操)を兼ねる面が多い。

 この種のカルチャー教室では、料理は看板科目の一つであるらしい(安価でもある)。エプロントと手ぬぐい(頭のフケ防止用?)を用意して、恐る恐る出頭してみると、初心者用の筈なのに、もう料理は何十年もやっとります、といった心得顔の中高年者たちが多数控えていた。

 事前準備は至れり尽くせり、説明用の張り紙、黒板、数種類の料理用食材、ガスコンロ、調理台、包丁、鍋類、研修成果を賞味するための箸と食器類、それに講師がいるのは当然としても、感激させられたのは料理道のベテランであるボランテイア主婦たちが、受講者を上回る陣容で待機していたことだった。
  これで我が老後の食事作りも安泰でありうるのかな。

 授業は、コンロや包丁に一度も触ったこともない、という猛者を相手に、レシピを参考に(忠実に)進められる。
 ここで驚くのは、受講者のなかに料理中級者がいて、ボランテイアとともに手際よく材料を刻んだり、鍋を暖めたり、盛りつけたり、さらに進んで、出来上がった料理を賞味(毒味?)しているうちに、もう手早く鍋・食器類を洗ったり、所定場所に収納したり------しかし、これでは初心者は置いてけぼりではないのか?

 なかには、何分以内で料理が仕上がった、と自慢顔をする人がいるくらいだ。(教場の借用時間が限られているから、仕方ないのかもしれないが、調理の早さを競うのは、この種の講座には似つかわしくない)。

 私は熱心に指導して頂いた関係者の努力に感謝こそすれ、クレームをつけるつもりなどない。が、生まれて初めての料理教室には、いろいろな意味で感じさせられるところが多かった。

(1)所定の数種類の料理をクリアすることは必要だが、初心者に望まれるのは、むしろ、無から有の料理を生み出す知恵と才覚ではあるまいか。
 例えば、開けてみた冷蔵庫にある、貧弱な食材から、暖かく美味な夕食を案出する知恵と技術。
(2)そのためには、介助者を一切つけずに、料理せざるもの食うべからず、の一種突き放した(研修道に添った)心構えが必要ではないか。
(3)しかし、「無から有を」といっても、事前の予備知識がなくては戦えない。そこで、教室は最小限「煮る」「揚げる」「蒸す」「焼く」という基本技術と、その技術を習得させるための最小限の食材/調理知識を与える場であって欲しい。
 そうすれば、夜遅く、近所にコンビニのない自宅に帰っても、安心して冷蔵庫を開けることが出来よう。

 世には豪華な内容のレシピ本は多い。しかし、腹をすかせた料理初心者の気持に添った本は意外に少ないのではあるまいか。
 私の得意料理は、お湯を注ぐだけのカップラーメンくらいだから大きな口は叩けないが、時折眺めて教えを乞う本は「男子厨房学入門」(玉村豊男)である。
 この本の基本ポリシーは、

  ----- 献立を先行させてその材料を後追いするのでなく、コレとコレがあったらナニが出来るか、を考えさせる、

 という点にある。
 私がこれまで偉そうに述べてきたものは、すべてこのポリシーの盗用----ではなく「オマージュ」なのである。

 男料理に関しては凄い本が多いようだ。
 例えば 「オトコ料理につきる」は、大作曲家・三善晃氏の作品。(天は二物を与え賜う)。また、画家、芥川賞作家、映画監督、陶芸家の池田萬寿夫氏にも「男の手料」なる作品がある。
 両書ともに男ならでは、の料理哲学(理に叶った手抜き道を含む)と技法が展開されているところが楽しい(本当は付いていけないのだが)。
 それから特筆大書すべき大御所的存在は、東海林さだお氏。漫画家が本業なのだが、楽しくて呆れるほどの料理解説名文は、それに添えられた漫画によってさらに滋味を加える。(私は文筆の師匠として私淑している)。
 氏の凄みは、技術よりも並外れた観察力にある。

 「稽古事特有の前頭葉育成のための刺激/啓発が欲しかった」と先に述べたが、その気持はいまも変っていない。
 しかし、感じるのは、ただ一日参加しただけでもモットモらしいことが言えるほどに料理道は懐が深く、しかも、それを極めるのは容易ではない、ということだ。

 しかし、何も難しいことを言わなくても、料理は失敗しても自分で食べてしまえば誰にも迷惑を掛けずに自己責任を全う出来る、という点が悲しくも素晴らしいと思われる。

<権兵衛の一言>
 犬に料理道は必要か。躾けの面からいうと、食事は一定不変のほうがいいかもしれない。一生涯を決まったドッグフードだけで過ごす貞節無二の犬もいるそうだ。
 我が家ではポリシーがあるのか、ないのか判然としないので困る。基本的にはドッグフードだが、これに肉がついたり、チーズがついたり、時にはクッキーがあしらわれたり。
 僕は三度と同じものが喉を通らず、食事係を困らせているが、これは僕を甘やかした人間の責任だ。

男子厨房学(メンズ・クッキング)入門 (中公文庫)

男子厨房学(メンズ・クッキング)入門 (中公文庫)