プロの修業道

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ヴァイオリニスト 20の哲学

ヴァイオリニスト 20の哲学

ある芸域に達したプロ
の修業の態様については殆ど語られることがない。あっても禅問答のような素人には宇宙語のように分り難いもの、が多いようだ。
 クラシック音楽の弦楽器の領域では、師事した教師のこと、厳しい訓練の有様が、それも外側から語られるだけのことが多い。一つには企業秘密ということもあろうし、語るべき内容が既に禅問答のようなものでしか伝えられない内容である性かもしれない。例えば、


 ------ 往く道は精進にして、忍びて 終わり悔いなし   (高倉健)


 最近、一冊の本が出た。千住真理子「ヴァイオリニスト 20の哲学」。高名なヴァイオリニスト/千住真理子さんの自伝的修業道物語である。「哲学」と謳ってあるところは少し分りにくいが、これは出版社のネーミングだろう。女性の筆によるものだけに、情緒の域を豊かに残してあるところはあるが、「実学」として具体的なノウハウを説いたところは、音楽理論に疎い私にも分り易い。


 20 ある見出し(哲学)の主なものを拾ってみる。------「練習の工夫」「イメージ」「集中力」「体力」「頭の切り替え」「緊張」「教師」「能力の伸ばし方」「楽器選び」「弓」「ボーイング/フインガリング」「音色」「暗譜」「レパートリー」等。


 専門的な技術分野の先生は江藤俊哉氏だったが、この方は、一定レベル(コンクール受験クラス)の生徒指導を専らとし、言葉をあまり用いない技術系演奏家(以前の私のブログで触れた)の典型のようなお人だったらしい。
 実際のレッスンでも、何回弾いても「駄目」としか言わないとか、とにかく言葉での説明が少ない方で、ここは生徒のほうで頭を働かせてレッスン内容を補う以外になかったようだ。
 もし言葉による指導面が充実していたら、千住氏の筆致も実学寄りに変わっていたことだろうに、と些か残念な気もする。


 詳しい例示もある。例えば、「集中力」の項目では、チョコレートをたべる、ガムを噛む、バナナを食べる、仮眠を取る、シャワーを浴びる、深呼吸、目薬、(高見盛のように)頬ぺたを叩く、生卵、蜂蜜を取る、耳栓をする、等々。

 暗譜は、頭で、耳で、目で、指で、そしてそれらの総合戦力として覚える。多数のレパートリーは、全部即座に弾けるわけではないにしろ、少しの努力で起動状態になれるとか。
 レパートリーのリストが挙げられているが、協奏曲が30あまり、ほか、私からみたら無数とも思えるソナタや小品群。(室内楽は省略されてある)。クライスラー作品が20 ぐらい羅列してあるが、多いように見えながらチャイコフスキー(協奏曲)一つの威容の陰では小さく映る。しかし、クライスラーの小品一つを弾くのも大変なことなのである。
 用いる弦は、多数のブランドのすべてを試してあるらしいのは流石。私はピラストロの中級しか知らない。弓は2本用意して交代で用い、弓身が疲労するのを防止するようにと。


 いろいろな「読み方」があろうと思われるが、音楽の道に進もうとされる方は読んでおくと良いと思われる。
 アマチュアで、日頃、自分は何故こう下手なのだろう、と思っている人は、一読後、安心立命の境地に進むことが出来るだろう。


 千住氏は以前、NHKのヴァイオリン講座に出講されたことがある。この時は、画期的な試みとして、ジャズヴァイオリンの中西博道氏との共同講座だった。
 ジャズヴァイオリンは、クラシックの専門教育を受けなければ、その域に進めないことは分ったが、両者は「足して二で割る」と言った芸域は無いようだった。例えば、ジャズヴァイオリンのポルタメント/ヴィブラートには独特の味があるが、クラシックが一寸それを真似る
、ということは無理なようだ。


 なんでも中途半端はいけませんよ、というような講座だったように思う。