「低額」? 給付金

 勿論、私は「低額」などと思っているわけではない。
 ただ、国会やマスコミでの騒がしい論争を聞いていると、どうもその人たちは、1万やそこらのハシタ金を貰ったって何の役にも立ちはしない、と意識下で思っているかのようだ。


 テレビ界隈では、与党議員が、そのハシタ金を貰うのか、貰わないのか、言葉の端々を捉えて血道をあげている。
 しかし、その一方で、アンケートでは「無用だ」と言いながら、80%もの国民が「しかし、お金は欲しい」としているのだという。
 こういう意向調査にどういう信を置いたらいいのか、何か空しい気がしてくる。与党も「言葉のブレ」など気にせず、開き直っていればいいものを。


 一つ確かめたいのだが、給付金を攻撃している野党の方々は、法案可決後も絶対に「貰わない」のでしょうね?
 それから、野党が「定額給付金」に、これほど反対するのは、これが実現の暁には、与党の支持率アップは必至と見ているからではないのか。
 こう考えてみると、現下の政局地図は一挙にひっくり返って、別の政界地図が見えてくる。
 どう考えたらいいのだろうか。


 「絶対」という言葉は懐かしいものだ。その昔、国会審議や労働運動などでは「絶対反対!」が愛用句だった。しかし、ストライキでも本当に怖いのは「部分スト」である、と聞いたことがある。つまり、戦う側の柔軟な戦術が可能だからだ。市民感情も少しは和らぐ。
 「絶対」という言葉を用いるのは、あまり得策ではないのではないか。


 テレビ「TVタックル」を視ていたら、意気盛んに与党を攻撃する野党議員に向かって、あるコメンテーターが「野党が政権を取ったらあ、必ず公務員の天下りを廃止するか?」と問うた。
野党議員「絶対にやる!」
コメンテーター「絶対にだね?」
野党議員「絶対に!」


 ああ、こういう「絶対!」はいけませぬ。昔よく聞いた科白と同じだ。
 司会のビート タケシ氏曰く「俺は、テレビ局のスタッフに、野党の言い分を全部記録させているよ!」
 これは怖いですね。
 ゲストの三宅先生はさすがに老練。
政権交代で、野党の言い分の、一つでも二つでも実現出来たら良いと思うよ」
 つまり「全面スト」は迫力がないが「部分スト」は実効力がある、とおっしゃっている(のでしょう?)。


<権兵衛の一言>
 諸政見のなかには、野党は、ヤイノヤイノと攻撃ばかりぜず、何もしないで自・公が自然死するのを待っていればよいのだ、とする見方もあるという。(これも政局の極みだが)。
 しかし、政権交代に対する国民の期待度が高ければ高いほど、後始末は大変だろうと思う。
 「絶対に」一つ残らず改善して貰わなくては、国民は黙ってはいないだろうから。

とてつもない日本 (新潮新書)

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