秋深し

 秋はもの想う頃である。私も何か想うことにしよう。
◇◇ 視聴覚教材
 教材といえば、まず学問。定年の私には今更学問でもあるまいが、この言葉に心惹かれたのは、初めて DVD「男はつらいよ葛飾立志篇」を求めてみてからのことである。
 「男はつらいよ」シリーズは以前から好きで、そのうち求めたいと思っていたのだが、求めるきっかけとなったのは、あるテレビ番組で、今の日本から失われつつあるものが「「男はつらいよ」のなかに色濃く残されてある、とされてきたのに、今やその映画そのものの風趣が柴又から失われつつある、と解説されていたからである。
 「男はつらいよ」シリーズに見る、夕闇に包まれた山あいの風景、そこに遠く響くお寺の鐘の音、お正月に凧を上げる風景、縁日、そして何よりも寅さんを中心とする柴又の義理人情の世界。これは貴重な日本の文化遺産として後世に遺すべきものだ。


 「葛飾立志篇」は、柄にもなく?寅さんが「おのれ」を知るために学問に志し、珍騒動が巻き起こるという物語。学問というからにには大学の権威などが語られる一方、偉い学者が寅さんから男女の仲について講釈を受けて感服する、というくだりもある。(山田洋次監督には、本当はこれが主要テーマだったのだろうか)。
 主要テーマは別として、映画そのものとして見ても、筋立て、人物配役、カット割りなど、日本映画の一翼を代表する傑作と言える。勿論、大いに笑い、かつ泣かされることは言うまでもない。


◇◇ 視聴覚教材(2)
 音楽教材としては、前述した松田理奈の「技」も「歌」も兼ね備えたCDとDVDが楽しみ。
 俗に「毀誉褒貶相半ばすれば、一流の証拠」と言われるが、尊敬する松田さんにも匿名サイトでの心ない中傷コメントはあるようだ。音楽仲間からの「激励」の一形態かもしれないが、愉快なのは「匿名」であることを逆用して、松田さんらしき人物が平然と反論を加えていることであるという。(真偽は不明)。
 こういう芸当は、インターネットに慣れない中年オジサンには到底真似の出来ないこと。
 こうやって、世の荒波を凌ぎつつ芸を磨いていけばいいのか、と思っているのだが、気になるのは、今は若さにかまけて「技」を競い合っているのはいいが、やがては「技」以外にも「人間の中身」が求められる時期がやがてやってくるということである。
 巨匠アイザック スターンは「新聞を読め」と若者を諭したという。「専門馬鹿になるな」という意味だろう。しかし、これでは如何にも漠然とし過ぎている。
 どう振る舞うべきかは、どう師匠、楽友、視聴覚教材を選ぶかにかかってくるのだろう。
 楽しみなことである。


 テレビで松田さんが私淑するというヴァイオリニスト/ラクリンの演奏を視聴した。「技」と「歌」がある。アンコールに難曲「序奏とロンドカプルチオーソ」が無造作に弾かれたのには驚かされたが、その演奏は天衣無縫、自由奔放、まさに天馬空を行くが如き趣きがあった。
 この演奏に比べると、著名国際音楽コンクール入賞者の演奏は、何となく優等生的で、やや冷たいように感じられる。「歌う」べきヴァイオリンは、さぞ嘆いていることだろう。


◇◇ 視聴覚教材(3)
 ヴァイオリン音楽とは全く対照的だが、最近よく聞いているのは、インカ音楽の名デユオ「ウーゴとクリステイナ」。
 内容は、ウーゴとクリステイナ夫妻の歌唱作品集で、編曲/伴奏/リズムも面白く、娯楽音楽として有名な「コンドルは飛んでいく」を含めてとても楽しめる。   
 クリステイナ夫人はオペラ歌手顔負けの美声。本当はオペラ歌手を志すほどの逸材だったそうで、それでミドルネームは母親が「アイーダ」と付けたそうだ。 
 しかし、アルゼンチン人のため、その作品を「インカ音楽」と称することには不都合があり、「アンデス音楽」と称することにしていたとか。伝統音楽の扱いは難しいものである。
 先年、日本で公演され、それをテレビで見て以来ファンとなった。(しかし、残念ながら、夫妻とも交通事故で亡くなられたとか)。
 インカは数百年前に滅び去った国だが、その歌曲は哀愁を帯びて物悲しく、聞くたびにインカの草原を吹き靡く民族の哀歌のように響く。


◇◇ 視聴覚教材(4)
 夫妻の歌唱はスペイン語だが、当然のように一語も理解出来ぬ。そこで私も寅さんを見習って、スペイン語の教材を買ってみた。
 余計なことだが、語学学習歴について触れてみると、在職中は仕事の関係もあって英検1級を。しかし、それは学習のスタートというほどの意味しかなく、滞米中は恥のかき通し。定年後は英語がいらない安逸な生活のせいで、すべて忘れてしまった(自然の成り行き)。
 学生時代の第2外国語だったドイツ語は、2年目で経済学原書を読まされるほどに追いこまれたが、卒業と同時に忘却(当然の成り行き)。
 在職中に齧った韓国語も定年後は同様の運命に。日本語で「笑う」「泣く」などの漢字を見ると、自然に喜怒哀楽の感情を伴うが、これがハングル文字になると、どうなることやら。道通しと言わなくてはならない。


 スペイン語は、定年後の同級生が、夫妻で2年間語学校で勉強した後にスペインに渡り、そこで数年間、立派に過してきた勇姿を拝見して感銘を受けた。
 スペイン語に親しめそうな感じを受けるのは、発音が(やや)日本語に似通っているように思える点にある。
 その点、英語は難しいうえに、話し方で身分、出自までもが察知されるという難点がある。イギリスの名門校出身者は、その独特の話し方を誇示する風潮があるというから、寅さんでも学問に志せる日本とは違う。
 また、英語は奥が深く(深くしたがる人がいる?)、いくら勉強しても、最後は「a」「the」の使い方で差を付けられるというから恐ろしいものだ。


 私はというと、在米中にメキシコに行くことがあり、そこで「レストランは、飛行場はどこですか?」といった程度の必要最低限の言葉を覚えた程度で、つまり必要がなくなれば当然亡失する運命だったのだが、インカ音楽となると、少し「親近感」が異なる趣きがある。 
 それに、読みかけで放ってあるガリア戦記が扱う地域に、どうやらスペインも含まれていたらしいということもある。スペインは、かのハンニバルが象を帯同した軍隊を率いてローマへ進軍した地域でもある。
 また、松田さんがレパートリ−とする「カルメン幻想曲」の原産地でもある(原曲の作曲者ビゼーがフランス人なのがややこしいが、しかし、フランスもガリア地域なのである)。


<権兵衛の一言>
 秋は纏まりもなく、ものを想う季節。
 法要や政局についても想うことはあるが、それは次回に。

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