弦楽器(ヴァイオリン/チェロ)の魅力

 ヴァイオリンという弦楽器について興味を持たれる方は少なくないと思われる。この楽器(とチェロ)演奏と数十年付き合ってきた体験を通じて、僅かに言えることを以下に綴ってみよう。


 弦楽器は、無造作に感覚だけに誘われで弾いているように見えるかもしれないが、さにあらず、左手指の「ツボ」の位置は正確に定められていて、曲想に従って正確な指操作をしなければ、正しく豊かな音楽は生まれない。
 演奏には、いろいろな能力が要求されるのは、他の稽古事と同じだが、たとえば、暗譜力。
 弦(と、オーケストラ奏者)から見て、図抜けて高度な才能と思えるのは(私だけかもしれないが)、バレーの(音楽に合わせた)動作は、どうやって頭(身体)のなかにインプット(暗記)されているのだろうか、ということである。オーケストラは、停電したり、風で楽譜が飛んだりしたら忽ち演奏中止となる。
 バレーばかりでばく、暗記に強いのは合唱団、能役者とその伴奏者も同じである。どうやって記憶するのかを聞いてみたいのだが、それはきっと「愚問」に類することだろう。


 しかし、バレー、合唱にしても、弦奏者にしても、その成果が美しいがどうかという問題になると、暗譜の完璧さだけでは、それはロボットなみということであって、美しいとは言えなくなる。


 上記は、弦楽器の難しさの、ほんの一側面に過ぎない。
 他に興味を持たれそうな事柄の一つとして、楽器制作について触れてみよう。
◇ 弦楽器について語られることの多くは「ニス」についてであろう。
 ニスの成分については、ヴァイオリン制作の祖/ストラデイヴァリウスの死去とともにその秘法が失われ、以後、二度とストラデイヴァリウスを凌駕する楽器は生まれないこととなった、とする説が一般的であるらしい。
 私はヴァイオリンを自作した経験があるのだが、この説が是か否か、実のところよく分らない。ストラデイヴァリウス以外にも優れた楽器が実在するからである。
 ヴァイオリンは、制作後、年を重ねるに従って音が良くなるとされているが、それは私の実感では、長年、優れた演奏家の手で弾き込まれた場合に限られるのではないか、と思われるのである。
 ストラデイヴァリウスほどの名器になると、どんなに高価(数億円)でも優れた演奏家が音楽的生命をかけて手に入れたがるから、弾き込まれて良い音に熟成されていくという道理になるのだろう。
 しかし、ストラデイヴァリウスだけが良い音のする楽器ではない。天才ハイフェッツは、二流とされる楽器で演奏し、その演奏を絶賛する批評家を皮肉ったという話があるから油断ならない。
◇ 楽器製作面での難点を一つ擧げるとすれば、それは(意外に?)あの優美な曲面/曲線を作り出すことではなく、むしろ、平らな平面や直線を作り出すことである。
 但し、ここでは工作機械を使うのではなく、カンナやノミなどでの手工芸の話となるのだが。
 疑問に思われる方は、一度実際に試してみられることをお勧めしたい。
◇ ヴァイオリンらしい音が出ることについては、表板に柔らかい材質の木材、裏板に硬い木材が使われるとこに由来する。
 日本の三味線が、表に猫皮、裏に犬皮が使われることと共通している、とする説もある。
 工作は硬い木材よりも柔らかい木材のほうが難しいようだ。また、ニス塗りは、柔らかい表板のほうが遥に難しいと思われる。
◇ チェロという楽器は、運指の必要上、ヴァイオリン規格の略2倍となっているところが面白いが、そうすると楽器胴体が大きくなり過ぎるので、胴厚を膨らませてある、というのが面白い。
 弦楽器については語り尽せないほど話題は多いが、ひとまずこれくらいにしておこう。


<権兵衛の一言>
 有名作家でヴァイオリンを題材にした文学作品を見かけることがあるが、御自身で演奏あるいは制作された経験をお持ちでないせいか、ストラデイヴァリウスの評伝あたりから翻案されたらしい文章を拝見することになる。
 作家は自ら体験することがなくても作品を創作される点が才能とされるわけだが、出来たら少しはヴァイオリンを手に取って音を出してみてから執筆に向かわれることが望ましい。
 しかし、私は弦楽器になじんで数十年になるが、弦を題材にした作品が一向に書けないのはどうしたことだろうか。

ヴァイオリンの名器

ヴァイオリンの名器