本2題/夢をかなえる、作家の選考


◇ 勧められて、売行き70万部と評判の「夢をかなえるゾウ」(水野敬也)を手に取ってみた。
 世に成功ハウツーものは多いが、その殆どは大上段に振りかぶったもので、成る程!と感じ入りはするが実行が伴わなわず、気がつけば本は埃を被っていて、暫くすると、その上に新刊のハウツー本が積み重なる。
 「大上段」の一つの特徴は、とにかく細部にわたる事例の羅列、分析とそこから引き出される教訓の多いことである。(私も多くを読んできたので自信をもって高言出来る)。そして、いざ困難事例に出会った時には、学んできたことが思い出せたことが皆無であることも特徴である。とりわけ「艱難汝を玉にす」「人生は根性だ」「愛があれば突破出来ないものない」等の類は立派過ぎて、神棚に祀っておくだけに終わってしまう。


 「夢を〜」はどうか。
 まだ読み始めたばかりで何も言えないが、まず饒舌な関西弁に驚く。そして語られること(例話と教訓)が、呆気ないほどに平明で、しかし、実行になかなかの体力と熱気を要する。(大上段本は、頭の体操だけで終わる点が違っているようだ)。
 例えば、冒頭のところから、「まず靴を磨け」とくる。
 何だ? と思っていると、その理由説明が続いて納得させられる仕組みとなっている。
 思い出した小話がある。
 刑期を終えて出獄した人の社会復帰策の最初のレッスンは、まず背広の上着(ズボンだったかな)を購入することだった。すると否応無しに背広上下、それにネクタイ、ハンケチ、靴と買い揃えなければならなくなり、心がけまで変わって、立派な社会人が誕生することになる。
 靴磨きも必須事項であろう。


 話は「成功の秘訣」に移るが、それを安易に求めるのは「要するに”楽”をしたいわけやん?」と説教されるので、ごもっとも!と恐れ入らざるをえない。
 本はこんな調子で進んでいくのだが、同書巻末には私淑すべき古今の偉人たちが紹介されていた。
 ニュートン孫子モーツアルトなどの有名人とならんでピーター・ドラッカーの名前があったのが面白い。
 ドラッカーは「近代経営者の発明者」とされていた。


 私事だが、私にとってはこの方は恩人のような存在。というのは、数十年前、アメリカから輸入された経営学が日本で喧伝され始めた頃、私はこの方の所説を訳も分らず丸呑みして、職場での海外研修生試験に受からせて頂く栄に浴したのであった。
 もちろん、そんな付け焼き刃が役に立つ筈もなく、その後平凡な生活に終始した次第であるが、最近、ドラッカーの名前に再会する機会があり、夢がかなうというのではないが、夢よもう一度、という感じになったということがあった。
 ネットでのブログには様々なものがあるが、最近最も気に入っているのは、糸井重里氏の「ほぼ日イトイ新聞」。これは長年、糸井氏がほぼ毎日執筆するエッセイが連載されているものだが、その内容が実に平明にして啓発的。大上段論文の及ぶところではない(私が読めないだけかも)。
 そして、ある日のエッセイに懐かしのドラッカーが出てきたのである。糸井氏が言うには:

>>溺れるものがつかむワラのような本を読んだりもします。でも、「付け焼き刃本」や、「流行理論本」や、
「ちょっとうまくやるための本」は、やっぱり、どうにもおもしろくないのです。
(*) 大上段本はいけませぬ、と申されているのですね。そして、)。

>>「会社の人たちって、 こんなおもしろいもの(ドラッカー)を読んでいたのか」と、あらためて社会を見る目が変わったくらいでした。


 纏まりがありませんが、長くなるので、まずはこれくらいで。
 糸井氏によれば、近く「傍観者の時代」(ドラッカー)が出版される由。傍観者あというところが面白そうですね。早速書店に予約しました。


◇ 出版不況を実感させるような東野圭吾氏の短編「選考会」。
 文学賞入選を題材とした小説では、まず「大いなる助走」(筒井康隆)が思い浮かぶが、その流れを汲む小説
といえるのか。
 出版社は売れる作家の発掘/育成に力を入れるが、同時に、売れる見込みのない作家とは何とか形をつけて決別しなくてはならない。そこで考え出された奇策。


 将来見込みありとされ、しかし、評価が難しい作品を潜り込ませた幾つかの作品群を、今後売れそうもない作家たちに評価させる。そして何をどういう理由で選んだかを出版社側で評定して、その作家の将来価値を瀬踏みし、切っていく、という小説である。(こうした種明かしはルール違反かな)。


<権兵衛の一言>
 前著の「夢を〜」には、何か夢が与えられそうな気もする。
 しかし、若者層には歓迎されても、啓発本に飽きた知識人には、一顧も与えない(読みたくもない)人もいるかもしれない。
 ある人は「関西弁の漫才のようなものだ」と言っていたが、これには「評価」が入っていないから、いま一歩の評。
 そうやたらには書けない努力の書である。簡単に夢を期待してはいけないのかもしれない。

 

夢をかなえるゾウ

夢をかなえるゾウ