過去を持てる幸せ
映画「タイタニック」が再放映されるという新聞予告があったが、前に見たことがあるのでそのままにした。
思い出したのは、年老いた女性主人公が、海底のタイタニックから引揚げられた小金庫のなかから現れた自分のスケッチ画に、数十年ぶりに再会するという劇的な場面だった。タイタニック初航海に乗船した美貌の女性主人公は、船内である青年と知り合い、自分の姿をスケッチ画に描いてもらうのだ。直後、タイタニックは氷山と衝突して沈没、青年は海中に消え、女性は助かる。
見る影もない老婆となった女性は、若かりし頃の美しい自画像を見て、いかなる感慨を覚えたのだろうか。
しかし、そこでは老女の嘆きや悲嘆はことさらに描かれてはいなかったように思う。
私の憶測に過ぎないが、彼女が過した多くの年月は、失われた美貌を惜しむような淡い感傷を既に越えている。彼女が確かに見たものは、紛れもなく若く美しい自分自身の姿であり、また、一瞬のアヴァンチュールを齎してくれた青年の思い出であったのだろう。
タイタニックの衝撃的な事故、青年の死、それらは恐ろしくはあっても一つの事実として、確実に彼女の記憶に留まった。
その記憶が持てたということは、平凡な日常の持続よりも幸せなことであった、と私には思われる。
その後、タイムマシンを内容とした劇映画を見た。
愛する許嫁を事故で亡くした青年が、タイムマシンを発明したのだが、それで過去に遡って彼女を何とか救おうとしても、それは不可能だと知る。そして彼は未来へ向かい、新たな事件に巻き込まれることになる。
------ 過去は変えられない。その事実は重い。後は、我々がそれにどう向き合うか、だけが問題となるのだ。
<権兵衛の一言>
私の知人はもう還暦年代だが、ずっと独身で過してきた。彼が半ば自慢気に言うところでは、彼には失うべき肉親がいないので、悲しみも少ない。一人で何でもやっていける。
------ しかし、しかし、それは少し違うのではないだろうか。
- 作者: クライブ・カッスラー,中山善之
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