豆本/蔵書票

 私の趣味というよりは、物好きというに近い。
豆本というのは文字通り豆粒のように小さく可愛い本のことだが、その寸法については定義があるのかないのか。大体、掌に収まる程度の大きさだと思っている。

 以前、豆本の組立て材料一式を求めて制作したことがる。上田敏の詩集「海潮音」を内容としたものだが、長さ4センチくらいの寸法で、本文は活版印刷、背文字は金箔押しという堂々たるもの。
 友人に貸したら戻ってこないので、手元にはないのが残念。画像でお見せ出来たかもしれないのに。
 (但し、ブログでの画像処理は未着手)。

 プラモデルのように組立てキットを楽しむのもよいが、稚拙であっても自分で作るのは、なお面白く味が出る。制作案内書もあるが、生来不器用なので、あまり複雑なのは敬遠している。
 実績は殆ど無に近いが、以前、上梓した本の一部を縮小コピーし、豆本まがいのものに仕立ててみたことはある。
 表紙の一部に革を用いたり、カバー(書皮と箱)を作ったり、出来栄えは悪くともなかなか可愛いものだ。
 パソコンソフトのいいものがあれば、数ページ分を裏表合わせて印刷し、製本することが出来るのだろうが、そこまで立ち入るつもりはない。
 

 愛好家は少なくないらしく、豆本の制作コンクールもあるそうだ。
 本の装幀作りはプロの領域で、高名なテイニ・ミウラ氏の作品などは、まるでミロの絵画を思わせるほどの風格がある。もちろん制作依頼価格は結構なもので、◯百万円はすると思われる。

 市販の書籍の表紙は取り外せるので、自作のものを作り付けることも出来る。綺麗な色紙や西陣織の布地などを用いたりするのも面白い。

 手作業が煩わしい場合には、本に被せる紙だけを工夫する余地もある。これは「書皮」といって、愛好家の収集/交換の対象となっているという話しだ。

 豆本作りで思いだすのは、作家・宮尾登美子氏が、出版記念会で、自著の短編を豆本に仕立て、参会者に(抽選で?)進呈したという話。大好評だったそうだ。制作費は一冊5000円という噂だった。

◇ 蔵書票
 これは蔵書印のかわりに本に貼るものだが、この世界も魅力的だ。 蔵書票は「紙の宝石」といわれ、愛好家は多い。木版で和紙にカラー印刷するのが本式のようだが、有名制作家は依頼を受けて制作し、それを交換会にも出品するというシステムが出来上がっているらしい。

 もちろん自作も可能だが、最近はパソコンによる制作も容易になったと思われる。インタネットを利用しての作品展示/交換も可能だろう。

 私はというと、パソコンメカに弱いせいもあるが、あまり機械的に容易に制作出来てしまうのは、何か面白くない。
 どこか「お絵描きソフト」と違った、手作りの難しさを味あわせてくれるものが欲しい。

 最近は、人の活字離れが言われて久しい。特にケータイが出現してからこの傾向が加速されているような気味がある。
 私としては、豆本/蔵書票好きは、活字離れとは無関係ではないかと思っている。
 しかし、正直申して、自作の拙い蔵書票をお送りしてみても(拙い、と自認するくらいだから当然なのだが)それについて言及して下さる方は殆どいないので、目下は自粛している。

<権兵衛の一言>
 難しくて面倒なのは嫌だが、一方で手の込んだものを欲しがる。何か矛盾しているが、物好きというのは、こういうものなのだろう。