ベートーヴェン所有のヴァイオリン
産経新聞によると、楽聖ベートーヴェンが所有していたヴァイオリンで演奏したCDが発売される由。
私は下手なヴァイオリン弾きで、ヴァイオリン曲を聞くのも好きだが、このCDを飛びついて買うかどうかは自分でも分からない。
理由は簡単で、ベートーヴェン自身が制作した楽器でもなければ、また、自身が演奏したものでもないからである。
演奏者はダニエル・ゼペックという著名な方だそうだが、買うとしたらゼペックの演奏が気に入った場合に限る。奏者が優れていれば、楽器が何であっても、奏者はそれを克服して立派な演奏を聞かせてくれる筈のものなのだ。(そうでないCDが発売される筈はなかろう)。
そうなって初めて地下のベートーヴエン先生も満足することだろう。
反対に、楽器が名器ストラデイヴァリウスであったとしても、奏者が凡手であれば、楽器からは平凡な音しか出てこない。正直なものなのだ。
よく聞くケースは、ストラデイヴァリウスで弾くコンサートだとか、弦楽四重奏団全員がイタリアの名器を使用する演奏会とかで、結構聴衆を集める場合もあるようだが、これでは奏者がまるで楽器の風下に立たされているようで、いささか気の毒なような気もする。
演奏は演奏でのみ評価されるのが正道だ。
私の経験だと、何かの間違いで2000万円くらいの楽器で音を出させて貰ったことがあるのだが、確かに普通の労力の半分以下で、音が楽に出せたような気がした。しかし、音が出せるということと、感動的な名演奏というのは、全く次元の違う話である。(ピアノは猫が踏んでも音は出るが、名演奏は至難の技だ)。
天才ハイフェッツは、ワザと中級楽器で演奏し、批評家が「流石、名器の音は違う」と賞賛するのを陰で笑っていた、というから油断がならない。(彼はグアルネリ、そしてストラデイの両方を持っていたそうだ)。
仮に、ハイフェッツ所持の名器を譲り受けて演奏したとしても、ハイフェッツのように弾けるとは限らない(そんな筈は絶対にない)-----ということは、子供にだって分かる道理だ。
しかし、中級楽器を選べば、なおさら酷い演奏しか出来ない、というのが弾く前から分かっているのは悲しいことだ。
<権兵衛の一言>
複数の弦楽器が集まるオーケストラというのは、人類の偉大な発明品の一つだ。
そこでは、下手な音でも、何となく浄化されて綺麗に聞こえる仕掛けとなっている。(「何となく」というところに御注目)。
人前でソロあるいは弦楽四重奏に挑戦する人は、その技術とともに「勇気」が賞賛されてしかるべきである。