音楽閑話(13)コマ劇場、チェロ音楽、枕頭音楽

◇◇ 新宿コマ劇場の閉館
 近く終幕を迎えるという報道があり、いささかの感慨を覚えた。新宿という庶民の街の中心にあり、美空ひばりの公演などがあったことで有名。知名度は抜群の筈である。
 最近では集客力が落ちたといわれるが、他館と比べて企画が当たらないのだろうか。それは何故か。それとも立地条件が良くないのだろうか。よく分らないことだ。  


 大衆的と思われているコマ劇場だが、実はお硬いクラシック演奏会もあった、という思い出が私にとっては切実なものとなっている。
 戦後初めてのことだと思われるのだが、旧ソ連から当時世界有数の名門オーケストラ、レニングラード交響楽団が来演したのである。
 勿論、若かった私は、胸を躍らせて馳せつけた。
 そこで私が初めて見た光景は、定刻に舞台の両袖から、団員たちが一列となって整然と入場してくる様であった。(普通は三々五々入ってくる例が多いと思う)。
 演奏はブラームスほかだったと思うが、勿論超一流。
一糸乱れずという表現そのものの素晴らしさだったが、少ないとも思われた金管群から、とてつもない大音響を聞かされたのには肝を潰されんばかりだった。
 日本初見参と思われたチェロの巨匠ロストロポーヴィチが、噂通りの超絶技巧を披露してくれたのも印象深かった。
 コマ劇場ホールの壁などには、当夜の名演の響きが染み通っている筈である。


◇◇ チェロの音楽
 ロストロポーヴィチは、勿論、一流中の一流チェリストだが、ドヴォルザークなどのコンチェルトのソロはともかくとして、室内楽をやる時には、歌い過ぎるのか、相方の弦やピアノとの呼吸が合わなくなるきらいがある(と、私には思われる)。
 最近よく聞くようになっやのだが、小品系の演奏で少し抑え気味だが、驚くべき超絶技巧そして曲想に添った音色の使い分け(フランスもの、ラテンもの)で人を圧倒するのはシュタルケルである。
 同じテープに入っている藤原真理チャイコフスキーコンクール高位入賞者)の演奏が、まるで行儀のよい優等生のそれと聞こえるほどに、特にラテン系ものに魅力を発揮する。
 特に(という言葉を何回でも用いなくてなならないが)衝撃を受けるのは、超高音域における音程の良さと吸い付くような美音である。(一寸妙な表現だが、平凡な奏者では、高音で音が浮いて痩せるのが通例)。
 ラテン系の音楽では、普通ヴァイオリンの独壇場となるのだが、チェロで勝るとも劣らない快演を聞かせてくれるのがこのシュタルケルだ。
 私がチェロの教師なら、見本とすべきチェロの音程、音色(高音域)、用弓(吸い付くような発音)としては、迷わずシュタルケルの演奏例を挙げるだろう。
(演奏例)
<フランスもの>
「夢の後に」(フォーレ
亜麻色の髪の乙女」(ドビュッシー
<ラテン系>
「火祭りの踊り」(ファリア)
「オペラ/ゴイエスカス間奏曲」(グラナドス


◇◇ 私の枕頭の音楽
 前述の藤原真理の行儀のよい------ いや失礼、優美な演奏の「白鳥」(サンサーンス)、それに全く対照的なシュタルケル、それから「白鳥」では最も気に入っているマイスキーの演奏を聞くことが多い。(カセットテープ)。
 バレー音楽「胡桃割り人形」でのチェロの見せ場「花のワルツ」それから題名は忘れたが、簡単な下降音階から複雑精妙かつ魅力的な音楽を聞かせる作品----- これらにも聞き入ることが多い。
 実は、これらバレー音楽は、亡妻が入院中に好んでよく聞いていたカセットテープもので、私にとっては忘れ難い名曲群である。


<権兵衛の一言>
 もう一人思いつくのは、チェロ界でのパールマンとも言うべき ヨーヨーマ。ピアソラなどにも手を染めているこの人の腕前にも驚くべきものがあるが、最近はあまりその盛名を聞かないような気がする。