本2題/与謝野馨、岸本佐知子


与謝野馨氏は自民党の政治家、元・官房長官である。
 私は政治向きのことはよく分からないが、この方の隠れファンである。理由は簡単で、かの有名な小泉元首相が一目置いた、とされる人物だからである。
 氏は訥弁だ。諄々と語る。能弁家の多い政界のなかでは珍しい存在ではなかろうか。
 最近ではその声が嗄れ声となった。喉の癌の切除手術をされて以来のことである。
 氏の近著「堂々たる政治」を瞥見すると、氏は受験や選挙等で多くの挫折を経験されている。癌経験もその一つ。浮沈の激しい政界では、こうした状況のなかで生き残ってこられたのは奇跡と受け取られても不思議ではあるまい。
 一重に氏の実力の重みのしからしむるところだ、と私には思われる。


 氏がテレビなどで討論されているところを拝見すると、訥々と嗄れ声で語るのは相変わらずであるが、最近は少し凄みが加わってきたような感じがする。開き直りと言ってもよい。
 その理由の一端を著書に求めてみると:
 ------ 私の政治家としての人生も、もう折り返し点を過ぎている。今さら美辞麗句を並べ、うけをねらう必要もあるまい。


 「もう折り返し点を過ぎている」という表現を、一種の諦念と見るか、円熟/達観の境地と見るか。
 政治家は選挙のことのみを考えて近視眼的に言動するのは慎むべきだ、というような氏の信条から考えると、「後者」と見るのが正しいのであろう。
 癌手術という死地を通り抜けてきた人の言葉と見るのは如何であろうか。


 氏は、今後の「消費税10%」ということにも(敢えて)言及されている。道路とか暫定とか、目先のことのみに血道を擧げがちな与党/野党の言動を大胆に批判した警世の一言、と見ることも出来ようか。
 消費税に限らず税金が上がることは嬉しくはないが、この「消費税10%」で、いま騒がれている医療(特に後期高齢者医療)、介護、年金などの社会保障面での問題が、バランス良く納まりがつくのなら、そして、国民の公平負担感という意味でも、将来の不安解消という意味からも納得出来るものなら、与謝野氏に頑張って頂きたいところである。
 但し、社会保障の財源が確保出来たからといって、世間の耳目を集めている国費の無駄使いを放置してもらっては困る。


岸本佐知子氏については、先に「優れた感性の作家」というような触れ方をしたような気がする。
 著書「気になる部分」に、次ぎのような気になる部分があった。
 ------- 「真のエバーグリーン」(常に記憶に新しい----- というほどの意味か)という一節が面白い。
 人は過去に何か感銘を受けた作品を聞かれた時には、迷わず、例えば「坊ちゃん」とか「サウンド オブ ミュージック」とかをスラスラと答える。
 しかし「エバーグリーン」と言えるためには「1週間に1回くらい、百歩譲って月に2度くらいは思い出すようでなければならない。本当にそうなのだろうか?」
 ------ というのが岸本氏の提出した疑念である。
 実に鋭い。


 こうした善意のウソ?、あるいは、言葉の綾にはいろいろと連想させられるものがある。
 例えば、
● よくある有識者への座右の書3冊アンケートで 、擧げられた書名が、後日のアンケートでは全く変わっている、ということがある。
 座右の書こそエバーグリーンであるべきなのに、これはどうしたことか。
● 文章のなかに「ここでフト次のことを思い出した」として、文章を繋げていく手法があるが、そんなに都合よく繋ぎの文句が思いつけるわけはあるまい、というのが私の邪推である。
 これは、予め思いついたことを文章のなかにうまく嵌め込むための作文技法の一つに過ぎないのではあるまいか。(私にも思い当たることがある)。


 私は必ずしも、これを悪いことだと思っているわけではない。誰でも苦労する文章を綴る上で、都合よく何かを思い付けるというのは素敵なことではないか。
 岸本氏が、そうした事情の裏側を解明してくれたこと、誰もが何となく感じていたことを明らかにしてくれたこと------ それは何かイジましいようなものではあるが、岸本氏の才能の一つの証ではあるまいか、と感じたことを正直に申しあげておこう。


<権兵衛の一言>
 与謝野氏のこの本を、ポスト福田へのアドバルーンだと見る観測があるやに聞く。
 しかし、そういう見方はいささか短絡的に過ぎるのではないか、というのが私の感想である。
 しかし、エバーグリーンではないが、(総理には)出たい人よりは、出したい人を、という言葉を思い出した。
 「堂々たる〜」という著書名は、あるいは出版社側のネーミングかもしれないが、与謝野氏がこれに同意されて出版するということは、氏のある意味での決意あるいは、死生観に裏付けられた心境の表明でもあろうか、と失礼な憶測を試みた次第である。

堂々たる政治 (新潮新書)

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