NOVA破綻/英会話教室見直し?

 NOVAも企業であるからには、栄枯盛衰があるのはやむをえない。ただ企業の存続と40万人いるとされる学習者への正しい英会話教育が両立するかどうかは微妙な問題である。
 英会話学習熱は日本の国際化、あるいは異文化理解、さらに日本語力増強にとって、恐らくはいいことに違いないと思われるが、出来ることなら(少なくとも)学習が効率的に行われて欲しいものだ-------挫折経験者の私としては、心からそう願わざるをえない。


り方について少し考えてみるのも意味のあることではないだろうか。


 巷間、問題とされているのは、例えば次ぎの点である。
英会話教室で英会話が上達した人はいない。
 -----私見によれば(以前にも述べたと思うのだが)英会話の達人となれたのは「独学」によった人のみである。
 残念なことだが、英会話教室で力を付けられるのは(皮肉なことに)相当程度に英会話に通じた人だけである。というのは、中学英語あるいは独学で、英語の基礎力を身にちけた人が、さらに英語力をブラッシュアップ
し、あるいは専門的能力が付けられるところが英会話教室であると思われるからだ。
● 英会話教師の資質はどうか。
 ------今回、待遇面でのトラブルに見舞われた外国人教師は気の毒なことだが、日本人への英会話教育にふさわしい人材とはどういう人か、を見直してみるいい機会ではある。
 早い話、日本人が外国人に日本語を教える場合、日本人教師に学生の母国語についての知識/会話力が必要
とされるのは当然のことではあるまいか。日本語と外国語の違いについての相当程度の見識がなくて、どうして学生に日本語を教えることが出来ようか。
 英会話教室の外国人教師についても、上記の事情が当て嵌まるのは当然のことであろう。


 NOVAの再建に当たっても、こういう視点で行われる
のでなければ、結局は学習者の期待に添うことは出来ないと思われるのだがどうだろうか。
 NOVA破綻についての新聞報道を見ると、経営再建とか学習者への授業料返還等の問題提起はあるが、学習内容の検討にまで検討が及んでいないように見えるのは残念なことである。
 これでは、授業が再開されたとしても、労(時間、資金)多くして益少なし、という従来(!)のパターンが繰り返されるだけのような気がしてならない。


<権兵衛の一言>
 私の立論は、格別新しいものではなく、巷間、よく言われていることの繰り返しにすぎない。
 しかも、私のみならず、多くの人が同様主旨のことを繰り返してやまない。
 とすると「繰り返す」ことそのものに、何か問題があるのかもしれない。
 私は(野次馬として)これを研究テーマとしてみるのも面白いのではないか、と思い始めている。