ナイトキャップの華 魅惑の宵 ほか
私にとってのナイトキャップというのは寝酒のことではなく、就寝前に楽しむ音楽のことだ。カセットテープレコーダーに耳をつけて音楽を聞くと、重厚な低音の響きや演奏者の息づかいまでも聞こえるような気がする。
就寝前には安静にしていなくてはならないので、聞く音楽はやたらにリズムが効いたロック調や現代音楽ではなく、また切迫感のある交響曲類でもない。
静かで、メロデイの起伏が柔らかく、素直で郷愁感を誘うハーモニーに恵まれたものがよい。例えば、シューベルト、ドヴォルザーク、チャイコフスキーのものなど。「アメリカ」(弦楽四重奏曲)の第2楽章など、ちょっとした旋律の移ろいに心が和むことがある。
音楽評論家からすると、ミーハー並みと見えるかもしれないが、そんなことはどうでもよい。聞くのは評論家ではなく、私なのだから。
ミーハー並に例示してみよう(順不同)。
◇ 「ヴォカリーズ」(ラフマニノフ)。松田理奈のヴァイオリンに限る。松田はまだ20台前半なのに、その演奏は既に大家の風格がある。驚くべきことだ。
◇ 「未完成」(シューベルト、交響曲の第2楽章)。シューベルトの最大の魅力は、その何ともいえない人肌が恋しくなるような和声。この第2楽章では、微妙な転調のなかで旋律が浮き出てくるという魔法のような天才の冴えが見られる。行儀のよいバッハやハイドンに続いて、このように情緒豊かな天才が出現したのは奇跡のようでもある。対照的な作風のベートーヴェン登場の花道を開いた。
◇ オペラ「アイーダ」第3幕。冒頭に素晴しいアイーダの絶唱(望郷の歌=超難曲)。これに続く部分の二重唱(アモナスロとアイーダ)は、神が乗り移ってきたかのような趣きがある。
◇ 「イエスタデイ」(ビートルズ)。アメリカの国民的至宝 アンデイ ウイリアムズの歌唱に限る。
◇ 「コンドルは飛んでゆく」(インカ民謡)。ウーゴとクリステイナ(夫妻)の二重唱。クリステイナのミドルネームはアイーダ。オペラ歌手なみの実力。(夫妻は事故で故人となられた)。
◇ 「魅惑の宵」。ご存知ミュージカルの傑作「南太平洋」の1曲。20世紀最大の音楽文化遺産の一つだと思っている。
人生は素敵だ、賛美しようという情感に溢れている。 名旋律の宝庫。
◇ 李成愛の演歌調の歌唱。既に引退した韓国の歌姫だが、第一級の魅力に富む。
◇ 「白鳥」(サンサーンス)。随分といろいろなチェリストの演奏を聞いたが、僅か数分の曲なのに、音程、情感、歌唱力等の面で意に叶うものがない。しかし、マイスキーはこの曲一つで、大きな交響曲に匹敵するような感興を齎してくれる。
◇ 「アメリカ」第2楽章、ドヴォルザーク。(前出)。
◇ 弦楽五重奏曲K516 第3楽章。モーツアルト。弦楽曲の最高傑作。
◇ 「ダッタン人の踊り」(ボロデイン)。激しい序奏の後に現れる女性合唱を中心とする旋律が大好きである。(女性合唱といえば、アイーダ第2幕での合唱も素晴しい)。
<権兵衛の一言>
きりがないので、いい加減に締めくくらなくてはならないのだが、好きな音楽を絞り込むという作業は、もともと無謀かつあまり意味がない。その証拠に、一番直近に聞いた曲が最も好きな曲になってしまうのはどうしようもない。
例えば、いましがた聞いたばかりの「新世界」でのドヴォルザークの迫力。この曲の演奏にはアマチュアオーケストラで参加させて貰ったが、難しくても思わず熱中、興奮させられるほどの魅力がある。名曲とはこのようなものなのだ!という確かな実例。
もう一つ思わず聞いてしまったのは、シューマンのピアノ五重奏曲。クライバーン音楽コンクールで、優勝者辻井伸行が参加していたものだ。将来発展する素質のある音楽家を発掘する------ というコンクールのポリシーは素晴しいが、そのための課題曲にこのピアノ五重奏曲が課せられていた。
目が見えない辻井が、この合わせ難い五重奏曲を難なくクリアしたのはいうまでもないが、ピアノと弦のそれぞれが、こんなに美しく響く曲であることを、改めて実感させられた。
実は、私も仲間とこの曲に挑戦させて貰ったことがあるのだが、なかなか合わせられず、少し偏屈な曲という印象を持っていた。実は偏屈だったのは私のほうで、曲は実に美しく歌って感銘深いものがあるというのが事実だ。(下手に演奏すれば、どんな名曲だって偏屈になる道理である)。
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